心臓手術をした経験からすると、手術そのものも心配ですが、手術から回復して前と同じように仕事や生活ができるのかということも心配です。その助けになってくれるのがリハビリテーションになります。
心臓手術後のリハビリテーションは麻酔から醒めて、ICU(集中治療室)にいる時から始まります。今では当たり前になったその光景も、医療の現場での歴史はまだそれほど長くないということです。
話していただいたのは当協会の理事で昭和大学リハビリテーション科の笠井史人教授です。After Surgery Fun Runの最初の企画の時から大いに賛同し、いろいろなアイデアを出した「産みの親」の一人です。(事務局長 鏡味)
ASFR大会参加時の笠井史人先生
■医療で提供するリハビリテーションの3つの段階とは?
――――あらためて「リハビリテーション」とはどういうものなのか、お伺いさせてください。
笠井 リハビリテーションには、「急性期→回復期→生活期」というように、大きく分けて3つの段階があります。急性期リハビリテーションというのは、昭和大学病院や江東豊洲病院のような急性期患者さんを扱う病院で提供しているものです。
回復期リハビリテーションは、街を歩いていると時々見かけるような『◯◯リハビリテーション病院』といったところで提供されています。リハビリの専門病院なので、基本的には患者さんが自宅に復帰するために練習をするところです。急性期病院から転院した患者さんがそこでリハビリをします。
心臓血管外科の手術をした人は急性期病院でリハビリをして帰れてしまう人がほとんどで、めったに回復期病院には行きません。しかし、たまに帰れない患者さんがいるので、そういう人が回復期病院に転院します。
患者さんたちが家に帰った後にフォローするのが、生活期リハビリテーションになります。生活期リハビリはもちろん医療としても行いますが、医療保険でできることは限られています。そのため、生活期リハビリの主役は介護保険になります。デイサービスやデイケア、あるいは訪問リハビリが生活期リハビリの中心です。
リハビリテーションの3段階
■「リハビリ」の認識転換---早期離床の重要性
笠井 元来、リハビリというのは、ある程度元気になった人がリハビリ室で立つ練習、歩く練習をするものでしたが、ここ数年ではICUに理学療法士と作業療法士が出張して、患者さんを起したり立たせたりする事も多くなりました。
――――手術後間もなくリハビリをするとなると、患者としては大変です。
笠井 急性期リハビリのポイントはとにかく「早期離床」なのです。これは科学的にエビデンスのある話です。寝ているままだと、呼吸の予備能力がものすごく減ります。予備能力が落ちると、肺が虚脱してしまいます。虚脱というのは、空気の入らなければいけない風船(=肺)が潰れてしまうイメージです。
寝ているままだと無気肺(=肺の風船が膨らまない状態のこと)になってしまうので、この無気肺にならないように、手術後の患者さんをすぐに起こしてリハビリを開始するようにしています。
まだ人工呼吸器がついていたり、ECMOがついていたりする人も手術後すぐにリハビリを始めます。
――――リハビリのイメージが少し変わりました。
笠井 確かに、十数年くらい前には「そういう人は起こしちゃダメだよ」と言われていました。しかし、当時のアメリカで「すぐに起こした方が良いのではないか?」と考えた先生たちがいろいろな理論を唱え、検討を重ねた結果、早く起こしたほうが早く社会復帰できると分かってきました。アメリカの集中治療のガイドラインにも、リハビリをやるべきだということが2013年から載るようになりました。これが、十数年前までのリハビリと、ここ最近のリハビリの最大の違いです。
江東豊洲病院はまさに「早期離床」のムーブメントが起こった後にできた病院です。私が江東豊洲病院に派遣されたのも、そういった新しいリハビリを指導するためでした。病院が立ち上がるのに合わせて私が派遣されて、ICUに出入りするようになりました。
私はそもそも14年ほど回復期リハビリ病院に勤めていたので、キャリアの半分以上は回復期リハビリ分野で過ごしてきました。急性期病院とはかけ離れたところで働いていたので、人工呼吸器をつけた人をこんなに早く起こすことリハビリをしたことがなかったですし、ICUもほとんど入ったことがありませんでした。
――――江東豊洲病院に移って、山口先生と仕事をするようになったのですね。
笠井 山口先生にしてみれば、急性期のリハビリを科学的に、根拠を持ってどんどんやってくれる仲間がいたら心強いということもあったのでしょう。我々リハビリチームをとても大事にしてくれていました。
私も朝のICU回診に、理学療法士と作業療法士を連れてよく行っていました。山口先生がリハビリ大事にしてくれていたからこそ、一緒にやりましょう、という関係を豊洲で築くことができました。
現在の急性期リハビリはずっとICUで寝ていられません。手術の翌日にはリハビリをします。「起きろ起きろ、立て立て」という感じです。でも、それが心臓手術後の患者さんには1番重要なリハビリです。人工呼吸器がついていても、ECMOがあっても、人工心肺がついていてもすぐにリハビリをするのはそういうことが理由です。
私達もICUで内視鏡を使って、患者さんの喉がちゃんと動いているかを確認したら、すぐにご飯を食べさせます。ICUのときから、なるべく管なども外してもらって自分の口で食事をしてもらうようにしています。こういったところが今までの古典的なリハビリとはちょっと違います。
当協会のYoutubeチャンネルでも健康維持のための運動の動画を投稿されている
■回復期リハビリテーション---社会復帰のために
笠井 回復期リハビリテーションというのは、急性期病院だけでは家に帰れない人たちが専門病院に移って、社会復帰のためにやるようなリハビリテーションです。
回復期の重要なポイントは、患者さんに現状を理解してもらい、その上で今できることを優先的にやってもらう、そして1日も早く社会復帰をしていただくという点です。例えば、右手が麻痺していたら左手を使ってもらう、というのが回復期リハビリのメインの考えです。歩けないのだったら車椅子を使うという考え方です。
――――まさに生活をしていくために、というリハビリですね。
笠井 急性期のリハビリと回復期のリハビリは役割が違います。治すためのリハビリというよりは、背負いこんでしまった、治らない障害と折り合いをつけて、どれくらい快適に生活をしていくかというところが焦点です。
生活期リハビリテーションは、急性期病院を卒業し、回復期病院も卒業した人たちがどうリハビリをしていくかという段階です。心臓手術をして回復し、今も元気に活動しているけどやっぱり心臓手術したからなあ、という不安を抱えながら日々いろいろなことにトライするというのがまさに生活期リハビリです。